こっちゃんのエッセイ

- 2007年5月のエッセイ -
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2007年5月27日(日)

[エッセイ#77]シャクヤク

「おかあさん、誰かゴソゴソしているみたいよ」
おねえさんが寝巻きのまま飛んできました。
外はもう薄明るくなっています。
耳をすますとなるほど台所の方で音がします。
小さな足音です。でもねずみさんより大きい物のようです。
「おかあさん、クロが入ったのかしら。でも鈴の音はしないし、ミケかしら…」
二人は抜き足差し足台所に向かいました。
おねえさんは棒を持っています。
おかあさんはほうきを構えながら進みます。
台所の前です。ガラス戸越しに覗いてみると…
こっちゃんでした。こっちゃんが台所の床に座り込んでクローバーのお花の首飾りを作っていたのです。
「こっちゃん、おどろかさないでよ。今何時だと思っているの ?」
おねえさんが大きな声を出しました。まだ朝の5時ちょっと前です。この頃の日の出は5時丁度くらい。東側にある台所の窓からは夜明けの光がいっぱいに入り床全体を明るくしています。
「おねえちゃん、ほら、上手になったでしょ。あたしね、鶏さんが鳴いたから起きたの。だっておねえちゃん、教えてくれたじゃない、昔の人は鶏さんの声が聞こえると起きたって」
まあとんだ事を教えたものです。こっちゃんは夜勉強したりお仕事したりしません。ご飯を食べてお風呂に入った後、すぐ寝てしまいます。8時には夢を見ています。そのかわり朝が早いのです。お日様と一緒に早くなります。
「こっちゃんで良かったわね。さあ、早く起きたご褒美においしいものあげましょ」
おかあさんは金柑の蜂蜜漬けを取り出して湯呑みに入れお湯を注いでくれました。こっちゃんの大好きな飲み物です。この金柑は冬の間に収穫し蜂蜜に漬け5ヶ月経ったもので、すっかりシロップがあがり飲み頃になっています。蜂蜜は近所の養蜂業者の「雑木」の蜜で、もうおねえさんが小学生の頃からのお付き合いです。1年間分として一斗缶1本貰い、梅や夏みかん、ニンニクにショウガ、大根も黒豆も漬けて飲み物を作ります。それでまだこっちゃんは自動販売機のジュースを飲んだことがないのです。おかあさんもおねえさんも、あまり飲みません。おかあさんなんか缶のフタがなかなか開けられないので嫌いと言います。

「さあ、朝のお仕事してしまいましょ」
二人は勢いよく飛び出しました。朝は忙しいのです。鶏達のご飯に卵穫り、お水も替えなくてはなりません。新しい草も抜いて入れてやりますし、「おはよう」の挨拶も一羽一羽にしなくてはなりません。その間にミケの尻尾を引っ張って、クロの髭も撫でなくてはなりません。おねえさんは仏様や床の間や玄関に飾る花を穫って歩きます。
「こっちゃん、こっち来てごらん」
「なあに、おねえちゃん」
おねえさんの手に芍薬がありました。今年初めて開いたピンクの花です。
「おねえちゃん、大きいね、ぼたんに似てるよ」
「こっちゃん、いいこと教えようか。いい、覚えるのよ。『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』 わかった ?」
「なあにそれ。立って座って歩くの ?」
「駄目だぁ、こっちゃんなんか、美人になれないや」
こっちゃんの小さな篭にもおねえさんの大きな篭にもお花が溢れました。台所からは、いい匂いがしてきました。
「こっちゃん、卵持ってるんでしょ。早く台所にいかなくちゃ」
こっちゃんの1日はいつもこんな風に始まります。朝ご飯食べてお洗濯の干すのを手伝って、お外でテントウムシを見つけて、10時のおやつを食べて、蜘蛛さんの赤ちゃんを見て、お茶を飲んで、蛙さんを探して、お昼ご飯を食べて、お昼寝です。起きるとまたお外です。
おかあさんは、水筒に冷たいお茶を入れてやりました。肩からさげて、ごきげんに歩き回っています。クロもミケも一緒です。

2007年5月18日(金)

[エッセイ#76]スイトピーのはな

今日のこっちゃんは朝からご機嫌です。
ピンクのお帽子を被り、赤い長靴を履き、手にはいつもの小さな篭を持っています。
お玄関を出たり入ったり。
「こっちゃん、何そんなにそわそわしてるの」
お出かけ前のおとうさんが尋ねました。
「あのね、あたしね、今日いいもの穫りに行くの」
「ふうん、こっちゃんのいい物って蛙さんかな、それとも蜘蛛さんかな」
「ちがう。とってもいい匂いがして、とってもきれいな物」
「それは楽しみだなあ。おとうさんが帰ってくるまで、とっといてね」
「うん、机の上に飾っておくね」
おとうさんはハハーンと思いました。きっとこっちゃんはお花を見つけて、それを穫りに行くんだなと。
そうです。こっちゃんはお花を穫りに行くんです。おねえさんと一緒にスイトピーの花をです。このスイトピーの花については去年の11月からのお話があるのです。61個の植木鉢に4粒ずつ蒔いたのに芽が3本しか出なかったこと、それでおかあさんがこの種の会社に電話をかけて蒔き方を習ったこと、その上会社の人が10袋も新しい種を送ってくれたこと、それを3人で蒔いたのです。それから芽が出て冬も元気に育ち、4月の終わりから花が咲き始め、今見事に満開になったのです。白、桃、紫、赤と色とりどりです。濃いのも薄いのもあります。軒いっぱいに組んだ細かい四ツ目垣に絡んでいる様子には、道を通る人が目を見張っています。その垣根がおかあさんの部屋の東の窓と南の窓にあるのです。とてもいい匂いが入ってきます。

このお花をやっと今日「穫ってもいいわ」とお許しが出ました。
「おねえちゃん、ハサミ持った ?」
「もちろん。脚立も持ったし」
それからの賑やかなこと、「いや赤だ」とか「そっちのピンク」とか「わたしは紫にする」とか窓の外でうるさいこと。おかあさんはお仕事も出来ません。そのうちこっちゃんの「アレッ」という声が聞こえてきました。
「おねえちゃん、大変、ここに豆がなってる」
「あっ、ほんとだ」
「ここにもあるよ。けど変だなあ、なんで豆があるのかなあ」
「こっちゃん、あんたスイトピー蒔く時、何て言ったか覚えてる ? あんた『これ豆みたい』って言ったじゃない」
「うん」
「それがその種よ」
こっちゃんにわかったんだか、わからなかったんだか、ぺちゃんこの豆みたいな物も穫ってもらって、お花の仲間にしました。
それから大騒ぎは洗面所に移りました。花瓶を並べて「ハイ赤」「ハイ紫」と又やっています。
「おねえちゃんもこっちゃんも、おやつにしましょう」おかあさんの声です。
「そっとよ、こっちゃん。落とさないでよ」
こっちゃんの手には白い花瓶にたくさんのスイトピーがさしてあります。そろりそろりと台所まで運んできました。おねえさんは青い花瓶に入った花を書斎に運びました。おとうさんとの約束です。
手を洗っておやつです。
「わあ、おかあさん、夏のおやつになったのね」
テーブルの上にはガラスのお皿が並んでいます。お皿には椿の葉っぱと、その上に水羊羹が乗っています。
「あたしこれ大好き」
「あたしも大好き」
「おかあさん、今年も天草(てんぐさ)を注文しなくちゃね」
「そうね、又、3圓砲靴茲Δしら」
こっちゃんの家の食卓からトコロテンが消えた日はありません。このトコロテンを作るのはおねえさんで羊羹はおかあさんの役目です。こっちゃんとおとうさんは食べるだけです。

2007年5月11日(金)

[エッセイ#75]キュウリ

昨日はとても暑い1日でした。
まだ5月なのに最高気温が29度を越えたのです。
「こんなこと初めてだ」とおとうさんが話してました。
おかあさんも「明日のお出かけに、これじゃ薄物を着なくちゃね」と言ってました。
おねえさんも「それじゃおかあさん、青い明石にするの」と聞いてました。
側で目を白黒させてこっちゃんが首をかしげていました。
さっぱりわからないのです。
「おねえちゃん、薄物ってなあに」
「それはね、おかあさんの着物のこと。真夏に着る着物でね、薄くて透けているようなのを言うのよ」
「ふうん。それなら明石ってなあに ?」
「それは薄物の着物の種類なの」
こっちゃんには難し過ぎます。
「こっちゃんにも、大きくなったらわかるようになるわ。今度からおかあさんのお出かけの時『おみや、おみや』なんてばかり言ってないでよく着物を見てごらんなさいよ」
おねえさんの言うとおり、着物には昔から規則みたいなものがあり、本当は5月の初めはまだ袷(あわせ)を着ている時です。それから6月の単衣(ひとえ)、7月の梅雨明けから薄物となって、ほとんど今までこの通りに過ごしてきたのですが、今年だけはどうしようもありません。
「おねえちゃん、あたしなんか、ほら、タンクトップ一枚。つなぎも暑いからやめたの」おかあさんはこっちゃんに麦わら帽子を出してやりました。去年被っていた赤いリボンのです。
「あら、ちょっと小さいかしら。まだお店には売ってないみたいだけど。少しの間がまんしててね」
こっちゃんの頭の上に麦わら帽子がちょこんと乗っています。地球温暖化がこっちゃんの頭の上にも影響しています。

「さあ、ちょっと暑いけど、きゅうりの苗を植えてしまいましょ」
おかあさんの号令一下、二人は飛び出しました。おかあさんは畑を耕して深く穴を掘ります。おねえさんは鶏小屋の中の鶏糞を一輪車に乗せて運びます。こっちゃんはそれを押すのを手伝います。
「おねえちゃん、ちょっと臭いね」
「あたり前でしょ。でもおいしいキュウリが出来るよ」
「鶏さんのだからでしょ。あたしがいつも、ご馳走作ってあげてるもんね」
「こっちゃん、しゃべってないで、もっと力を入れてくれない ?」
「こうするの ?」
こっちゃんに、そんなに力がある筈がありません。小さなお手々ですもの。
やっと畑まで運びました。大きな大きな穴です。一杯入れた位では底の方にちょっとです。おねえさんとこっちゃんはまた鶏小屋に行きました。そしてまたエイヤッて運んできました。そしてまた行って運んで、5回も繰り返しました。ようやく穴の半分まできました。
「これでいいわ」
おかあさんの声です。あとは土を埋め戻すだけです。もう二人ともフウッと言いました。のどが渇いて、お腹が空いて、目が回りました。時計は10時を指しています。

枇杷の木の下に座っておやつです。冷たいお茶にクッキーです。お茶はおかあさん特製のもの、どくだみと、げんのしょうこうと、はぶ草と、黒豆が入っています。どくだみとげんのしょうこうは今年穫れたもの、黒豆も煎って、みんな大きなヤカンに入れてゴトゴト煮出し、冬は温かく、夏は冷たくしてあります。
クッキーには、ピーナッツと干しぶどうと、鶏さんの卵が入っています。粉は全粒粉、おねえさんが麦粒を粉挽機でゴリゴリ挽いたもので、ちょっとだけ家で穫れた麦も入っています。
「おねえちゃん、このクッキー固いよ」
「いいの、固い方が。歯が丈夫になるのよ」
さすがおねえさん。よく知っています。

2007年5月5日(土)

[エッセイ#74]シャガ

お庭の椿の木の下の木陰にシャゲの花が咲きました。
この薄紫色の花の名をこっちゃんは知りません。
おねえさんはその花の前でスケッチしています。
「ねぇ、おねえちゃん、この花何ていうの ?」
「シャガよ」
「へぇー、変な名前だね。シャガ、シャガって」
「静かにしてなさいよ。今描いているんだから。ミケと遊んだらどう ?」
おねえちゃんは夢中で筆を動かしています。
こっちゃんは一生懸命見ています。
今黄色い花の中心が描き終わって葉っぱにかかっています。
葉っぱは班入りで、とても見事な縦縞が入っています。
「ねぇ、おねえちゃん、何でも見たら描けるの ?」
「うるさいわね。描けるに決まってるじゃない」
「それなら、お日様の顔も、風さんの顔も、雲さんの顔も描ける ?」
「バッカねぇ、風さんの顔どこにあるのよ。こっちゃん見たの ?」
「だってね、絵本にね、ねずみさんがね、風さんにおよめさんになって下さいって… あたしね、この風さんの絵が欲しいの」
いやはや難しい注文です。この前も、雨さんの顔を描いてって言ってました。

今日もいい天気です。お洗濯物がすっかり乾きました。1m程に伸びた麦の穂がさらさらと揺れています。おかあさんはホウレンソウを間引いています。春蒔の苗がよく育ちました。今晩はホウレンソウのおひたしです。
「ねぇ、おかあさん、シャガよ」
こっちゃんがお庭の方から飛んできました。おねえさんも来ました。すっかり絵は出来上がっていました。
「おかあさんね、こっちゃんたら変な注文ばかりするの」
「まあ、あんたの小さい時と同じよ。海水浴に連れて行ったら『海さんの顔描いて』っておにいちゃんを困らせたんですもの」
小さい時はみんな同じなのでしょう。地球上のあらゆる物、みんなお顔があって、お目々がついていて、お話するのでしょう。それがだんだん大きくなって、大人になると、お話が聞こえなくなってしまうのです。地球温暖化で、たくさんの動物が困ったり植物が絶滅の危機にあったりしてるのに、人間にはその声が聞こえなくなってしまっているのです。全く困った事です。
「おねえちゃん、シャガってどう書くかわかる ?」お母さんが聞きました。
「ううん、さっきもこっちゃんに変な名前って言われたけど… 知らないわ」
「それはね、射干と書いて漢名なの。日本では胡蝶花とも言うのよ」
おかあさんは何でもよく知っています。新聞を読んだり本を読んだりしているからでしょうか。この頃のおかあさんの部屋は、百科事典に国語辞典、染織の本から昔の律令の本まで積み重なっています。そしていつも言うのです。「本を読まないと大きくなれませんよ」って。
こっちゃんはその度に考えます。「ごはんをたくさん食べて、お魚食べて、お肉を食べて菜っ葉を食べたら、大きくなるんじゃないかしら」って。
おねえさんはちゃんとわかっています。なにしろ小学校入学の身体検査の日に「どんぐりと山猫」を抱えていたのですから。そうして、少学校3年生の時、先生が「阿Q正伝」を知らなかったと憤慨して帰ってきたくらいです。
こっちゃんは活字から学ぶ前に、花や虫や鳥や土や空や風や雨さん達からたくさんの物を教えてもらうのでしょう。
「さあさあ、エンドウ豆を穫ってしまいましょう」夜のおかずにするのです。
こっちゃんは篭を持って勇んで駆け出しました。おねえさんも続きました。日が長くなりました。夕方の5時、まだまだ明るいです。